「”お母さん”と呼ばれても気づけなかった日」

 

27年前の暑い夏の日のことでした。

 

台所で茹で物をしていた時に、突然太もも付近から生温かい水が少しずつ流れ出しました。

止まらないので変だと思い、近くに住んでいた義母に電話をして病院に連れて行ってもらったところ、破水をしていることが分かりました。

 

まだ25週だったため、救急車で急遽、こども病院に運ばれました。

私は意外と平気で「大丈夫」を連呼したところ、救急隊員の方が、「顔が真っ白だから無理をしないでください」と言われたのが今でも覚えています。

 

その日の深夜に緊急帝王切開。920gのちいさな息子が誕生しました。

 

「お腹の中で過ごさせてあげられなくてごめんね」、「ちいさな身体で産んでしまってごめんね」

自責の念にかられて、涙が止まりませんでした。

 

この時のこころの心理状態をNICUの医療者の方が読まれる医療雑誌に取り上げていただけたので、もし医療者の方でお読みになりたい方がいらしたらお知らせください。別刷りがございますので送らせていただきます。

 

帝王切開から確か3日後に息子に会わせてもらったのですが、当時はまだNICUという施設ができたばかりだそうで、テレビでも知らない世界。もちろんドラマにもなっていませんでしたし、こども病院がどんな病院かということも全く分からない状態でした。

 

ほとんどパニックになっている状態で、ちいさな息子と対面した時の衝撃は今でも忘れられません。

 

私は母親学級に出る前に出産してしまったので、7か月や8か月で生まれた子どもの成長具合を知りませんでした。

赤ちゃんといったら丸々太ったぷよぷよしているイメージでしたが、実際の姿はまるで違う。

ガリガリの身体にあばら骨が浮き上がっていて、口の中には人工呼吸器が入っていて手にも点滴が入っている状態。

赤ちゃんにはとても見えないその姿にショックを受けました。

 

周りはポーンポーンという様々な電子機器音が流れ、バタバタと先生や看護師さんが走り回る慌ただしい様子のNICUは、行ったことはありませんが、まるで火星の基地のようでした。

 

1週間前までは元気な妊婦だったのに、心の準備がないまま母親になってしまいました。

「お母さん」と看護師さんに呼ばれても自分のことだと気が付かない程、心も身体も限界でした。

 

今振り返ると、息子がちいさく生まれたことでNICUという場所を知り、
懸命に治療してくださる医療者の方々に出会い、その時の思いが今の肌着の仕事へとつながっています。
すべてがつながっていて、奇跡のように感じます。

息子がちいさく生まれた時はショックを感じましたが、
ちいさく生まれたからこそ、育児も子育ても全力投球で頑張れたことが良かったです。

 

 

ここまでが今日の話です。

 

NICUにいるお母さん達は私と同じように突然の破水から緊急帝王切開の方もいらっしゃると思います。

母親にまだなり切れていない方もいらっしゃるかもしれません。

 

お母さんと呼ばれて戸惑っていらっしゃったら、大丈夫です。ゆっくりでいいのです。

 

私もそうでした。
子どもの前で泣いてはいけないと思いながら、保育器の前でいつも泣いていました。

NICUの扉のピンポンを押すことも怖かったくらいです。

 

しかし、子どもの成長と共にNICUの中でゆっくり母親となっていきました。

 

きっと予想もしていなかったお産で驚かれたことでしょう。

今はお子様がNICUをご退院されるまで、休める時はゆっくり休んでくださいね。

退院するとゆっくり休めないくらい大忙しになります。

その日の為にも今は栄養と睡眠を摂ってゆっくり休んでください。

 

HappyFroggyも応援しています!

 

 

 

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